会社の仕事どうでもいい。
成長とかもどうでもいい。
適当に流してこなすのでいい。
だけど手は抜きたくないし、
常にその時できる全力は出して
ああしておけば良かったとか
思い残すことのないようにしたいし
人が喜んでくれるのは嬉しい。
今までだったら、
自分は本当はもっとできるのに!イラ!!
とかなってたんだけど、
それは、デザインの技術が一人前じゃないとなると
死活問題だから、
ダメ出しを受けたら死ぬほど落ち込んだし
食いっぱぐれないように必死だったのだと思う。
必死で上司の要求に食らいついて、
どこがダメなんだろう?ダメなところを潰して
もっと改善改善改善、、、
以前なら、生意気にも
この超普通な何の変哲もないデザイン、
自分が作る意味ある?
と思ってた。
私もう10年やってんだよ?
もっとクリエイティブなやつやらせろよ。
とか思ってた。
見た人が一瞬で目を惹きつけられて
目が離せなくなるような、
舞台の脇役みたいなんじゃなくて
主役級のデザインができるようになりたいと思っていた。
私の武器はセンスだけなんだから
そこで人に負けたら自分には何もない。
それがなければ私なんて人に必要とされない。
という焦り、恐怖。
今はデザインのことでダメ出しされても、どうでもいい。
そうですか、そこが気になるんですね、じゃ修正します、
という感じで受け流している。
自分のこだわりとかがなくなった。
脇役でも何役でもどうでもいい。
抵抗しなくなった分、精神的には楽だ。
もしこれが、
人との暖かい繋がりを求めていることに
気付いていない自分だったら、
ただ腐っていくだけだったと思うけど、
今はそれを求めていて、
誰かに喜ばれることをするのは嬉しいことだと
素直に認められるようになったから
普通のデザインを普通に全力で作ったら、
それで誰かに喜んでもらえるから、
それはそれでいいな。と思ってる。
人に喜んでもらうのに
私のセンスだのこだわりだのキャリアだの
主役だ脇役だなんて
何一つとして必要ないのに
そんなもんに縛られて、
勝手に自分の首を絞めていた。
手段が目的にすり替わってた。
ただ人の笑顔が見れたらそれだけで十分幸せなのに。
上司から、私のデザインはまだまだだって言われても
一年前なら、ムキーー!!ってなって
絶対見返してやる!!!となったと思うけど
今は、ああ、まだまだだって思われてるんだな。
ってただ感じるだけ。
そして、今いる場所で価値あるとされている技術が
私はまだ未熟なんだな、とただ感じた。
そして逆の立場に立って考えると
上司たちが重要視している技術は
この世界の中では絶対に重要なんだから
この仕事している間は
それにコミットしてやってもいいかな、と思った。
この世界しか生きる場所がなかったから
上司から押し付けられるその価値観が
ずっと窮屈で生きづらくて抵抗してた。
だけどその世界の外に、
自分らしくいられる好きだと思える世界を見つけて
大雑把でカオスでぐちゃぐちゃ
そのままの自分で出していいと
言ってもらえる場所があって
そっちで自由に思い切りヤンチャさせてもらってるから
会社の世界の中に自由がない!って
絶望しなくて済んでいる。
それでふとさっき思ったのは
私は上司の手になりきろうかなっていうこと。
上司の思う理想のデザインを100%に近い形で再現できる人に。
会社の仕事してる間だけ、それに徹してやってもいいかなと。
きちっきちっと整った、ちょっとのズレも許さない世界。
他で自由に気まぐれにマイペースにラフに
できる場所がありちゃんと定期的にやって
そういう自分を蔑ろにしないように
最近はコミットして続けてるから
自由にできず拗ねていた子供の自分が
少し私のことを信用してくれたかな。
ちょっと機嫌を直し始めたのかもしれない。