こんにちは。先日タイ旅行に行って感じた独り言をお送りします。
私は、もっと心の奥深くで
人と繋がりたいと思ってることに最近気づきました。
その時、性別も国籍も年齢も何も関係ありません。
人と心で繋がれたときに
私は大きな喜びを感じることに気付きました。
それは子供のころから温かい心の交流に飢えてきて、
本当は渇望してたけど叶わないと諦めていたことでした。
生まれも育ちも国籍も違う人と
言葉を多く交わさなくても同じ気持ちだったら、
距離が遠ければ遠いほどワクワクしている自分がいます。
人に自分の心を見せて、
それに対して無反応な人もいれば
同じく心を見せてくれて
心の交流が始まる人もいると思います。
子供の頃の私は、自由でエネルギーに満ちた
心を持っていたと思いますが、
その心を見せても
受け取ってくれる人がいなかったから、
だんだん恥ずかしくなっていきました。
自分だけフルオープンでバカみたいだって。
バカみたいなことをするのは
自分がダメージ喰らうだけで
人からも笑い物にされるだけし損だな、
心を隠している人の方が安全が守られてて
賢い、得だな、と思った記憶があります。
恥かくこと傷つくこと損なことや失敗はもうしたくないって
臆病になりました。
でも本当はフルオープンにしたいって思う自分が
奥底のほうにはずっといたようで、
先日行ったタイ旅行で出会った人たちが
最初っからオープンに接してくれたことで
私の奥底のほうにあった願望が思い出されました。
もし私が子供の時のようにフルオープンで接しても
彼らはきっとそれをぜーんぶ受け止めてくれるだろうし
さらに彼らの方がもっともっとオープンにして
返してくれるような気がします。
(ただしこれはあくまで私の妄想で
そこまで人間性がわかるほど
旅行の短期間ではコミュニケーションできてないのですが。)
理想を投影してるだけかもしれません。
だから、妄想の中で、
私の心をフルオープンの方向に案内してくれる
ガイドっていう感じです。
私が本当は心を開きたがっているってことを気づかせてくれた。
そしてこれからは自分から心を見せていかなきゃって思わされた。
先日のタイ旅行はそういう旅になりました。
世の中には心を見せたら
ちゃんと受け取ってくれる人もいるんだって思えたのは
引きこもりの先生たちのおかげだと思います。
そのベースがあったから、
タイで受けた親切さを疑いの目ではなく、
素直な心で受け止められたと思います。